さまざまなスポーツの世界で活躍するアスリートに、健康習慣と競技の魅力を聞く連載「教えて!アスリートの健康習慣」。
今回ピックアップするのは「トレイルランニング」。そしてさらに標高の高い山岳を走る「スカイランニング」。ヨーロッパが本場とされるこの過酷な競技の世界王者は、なんと日本人の上田瑠偉選手です(2020年12月現在)。トップレベルの視点からの競技の醍醐味や一般の人でも楽しめる魅力、健康習慣についてお伺いしてきました。
■トレイルランニングとは?
未舗装路=トレイルを走る競技。主には林道、登山道などで、高低差や路面の状況もさまざま。自然を楽しみ、自然に挑む、登山やハイキングと長距離走が融合したスポーツです。スカイランニングはさらに過酷で、標高2000mを越える山岳や岩場、氷河、都市型では超高層ビルなどが舞台。トレイルとは別ジャンルのスリリングな競技です。
プロフィール
- 上田瑠偉(うえだ るい)
- 山岳ランナー。駅伝の名門・佐久長聖高校で主将を務める。早稲田大学では陸上同好会に所属し、大学2年の時にコロンビアスポーツウェアにスカウトされトレイルランニングの世界へ。2014年の「日本山岳耐久レース」において驚愕のタイムで優勝するなど注目を集め、2016年、スカイランニングのU-23世界選手権優勝、2019年「スカイランナーワールドシリーズ」でアジア初の年間王者に輝くなど、世界のトップランナーとして活躍中。27歳。
トレイルランニングってどんな競技?
トレイルランニングにはどのような魅力があるのでしょうか?トップアスリートとしての魅力と、一般の人でも感じられる魅力、その両面を教えていただけますか?
まずアスリートとしては「スリル」です。舗装された道ではなく足場は悪い。その道を、スピードを落とさず駆け下る。これが魅力だと感じています。速く走るだけではなく、いかにうまくそれができるかもおもしろいんです。
岩にぶつかったり、足を滑らせたり、さらには何センチか足を踏み外しただけで崖から転落してしまう、というような危険と隣りあわせの競技とも聞いています。
はい。基本的にはコースは安全性を考えて作られているのですが、トップレベルともなると過酷な自然を相手に行うものですので、何年かに一度は亡くなる選手もいます。
スイス・ツェルマットを走る上田さん。向こうに見えるのはゴルナー氷河と4000m峰の山々。絶景ですが、危険と隣りあわせ。特にトップレベルのスカイランニングともなると自然はさらに牙をむいてきます。©Sho Fujimaki
危険ですね…。危険だからこそスリルがあるとは、スキーや自動車ラリーでも聞く話です。
もちろん常に安全を心がけています。もうひとつ競技者として魅力に感じているのは、タイムだけで勝負する競技ではないということです。自然の中を走るのでコースの状況が毎年変わるのですが、豪雨の影響で思わぬところに昨年まではなかった倒木があったりします。そうすると同じ記録は出ない。ゴールまでのタイムではなく、後続とのタイム差で自分の力を計っています。
なるほど。トラックやマラソンなどの陸上競技とは違う要素ですね。
体幹の強さや目の前の変化に対応するうまさが要求されるので、陸上出身ではなく球技出身の人も活躍しています。実は僕も、高校で陸上をはじめるまではサッカーをやっていたんです。
タイムだけを追い求めるのではなく変化に対応できる技術やマインドが必要だということですね。自然の中を走るというのは、気持ちの解放感もあるのでしょうか。
はい。トップレベルでは競争があり、過酷な自然との闘いがありますが、トレイルランニング自体は、自然を楽しめるスポーツです。春はきれいな花の中、秋は見事な紅葉の中と、四季折々の景色も楽しめます。そしてゴールを目指して完走することだけが目的ではなく、山を上り下りする途中に絶景というご褒美ポイントがあるのもいいんですよ。走り続けなくていいんです。途中で歩いてもいい。
なるほど!絶景に足を止めたり、少し速度を緩めて花の香りに満たされたり。ストイックさだけではなくレジャー的な要素もあるんですね。
日々のトレーニングで心がけていること
日々のトレーニングで心がけていることを教えてください。
朝起きて、直感でその日に行うことを決めています。
え!?綿密にプランを立てて行っているのかと思っていました。それはどういう理由ですか?
変化に対応できるようにしておきたいんです。自然を相手にする競技ですからコースも変化しますし、こうと決めたことができないことばかりです。そして海外遠征が多いのですが、大会前に思い通りに準備できないことはたくさんあるので、それに慣れておきたいんです。
朝の直感で、公園の木々の中を駆けたり、近くの山を登ったり、トラックでのスピード練習を取り入れる。これも、日々、変化に慣れるためのトレーニング。
今思ったことをするというのも、トレーニングの一環なんですね。
はい。事前に決めたことができないというのはストレスになります。ストレスが一番いけない。これは健康習慣も同様です。そう、昨日トレーニングの後パフェを食べたんですけど…。
甘いもの、好きなんですよ。(笑)
もちろん、そんなにたくさん食べることはないですけど、食べたいなと思ったら無理して我慢をしないようにしています。妻とのお祝い事でケーキを食べたり…、そうだ、イタリアに遠征にいった時はジェラートが美味しくて!毎日食べてました。(笑)
ストレスから解放されて見つけた道
まさかのスイーツ男子発言!(笑)
でも我慢しないことというのはトップアスリートとしてはむしろ難しいのでは?どうしてもストイックになってしまうような気がします。
高校時代に精神的につらい時期があったんです。両足の疲労骨折などケガが多くて、また貧血にも悩まされていました。練習ができない状況で体重が重いと走れない。太りたくないからと食事を控えすぎる。これも結局悪循環でした。
甘いものでリラックスどころじゃないですね。上田選手が通っていた高校は全国有数の駅伝の強豪。しかも主将。より焦りも強かったのではないかと思います。
それで大学では陸上をもっと楽しもうと思い、陸上部ではなく同好会に入りました。その楽しい思い出作りということで参加した100㎞マラソンで、トレイルランニングのチームにスカウトされたんです。
ストレスから解放されて楽しんで取り組んでいたら新しい道がひらけた。そういうことがあるんですね。健康習慣もストレスをため込まずに楽しく、ということだと思うのですが、何かこだわりはありますか?
ヨーグルトにジェラート、パフェにケーキ。好きな食べ物の話は止まらない。(笑)過酷な競技をしているとは思えない笑顔!
良く寝ることぐらいですかね。あ、ヨーグルトが好きなんです。朝食はシリアルにフルーツとヨーグルトを混ぜて食べることが多いです。種類もいろいろ試しています。ギリシャ系の高タンパクのものや、全国の大会を巡っている時はその土地のものを試しています。プレーンでも甘い系でもなんでも好きですね。
甘いものが好きな割には、小さい頃からむし歯が1本もなかったんです。普通に朝昼晩、歯みがきをしているぐらいだったんですけど。でも、この間1本見つかっちゃったんです。それで意識を高めなきゃなと感じました。そういえば、妻はテレビを見ながら30分以上ずーっとみがいていたりするんですけど、あれはやりすぎですよね。(笑)
かえってみがけてないとも聞きますし。私も強くしすぎないなど、正しい歯みがきを意識していきたいと思います。
2021年の活動はどのようになりますか?2020年、本来は世界王者のタイトルを引っ提げて活動拠点をフランスに移す計画もあったとお聞きしています。
そうなんです。順延になっていた世界選手権が2021年7月にスペインで開催されるので、まずそこが目標になります。活動については、今年はまだコロナが収まりそうにないので日本を拠点に活動します。また、ほかにも計画してることがあるので、いろいろ楽しみは多いですよ。
本場欧州のファンたちの熱い声援を受けて、再び世界王者の頂へ。©Sho Fujimaki
取材後記取材で印象的だったのは「走り続けなくていい」という言葉。これは愛好家や初心者の方に向けてのトレイルランニングの楽しみ方の話でしたが、健康習慣や人生にもいえることなんだろうなと感じました。上田さんは高校時代にケガに悩まされ、走ろうともがいてはまたケガをするという悪循環だったといいます。それが一転、走り続けるのをやめ、エンジョイしようと思って気軽に出場した大会でトレイルランニングのチームにスカウトされ、世界の頂点へと登り詰めました。いったん立ち止まり、ゆっくり歩くことの大切さがあるのでしょう。今は思い切って走り続けられない状況ですが、再び世界を舞台に活躍してくださることを楽しみにしています。
取材・記事 岩瀬大二
撮影 藤巻翔(レース)/石原敦志