さまざまなスポーツの世界で活躍するアスリートに、健康習慣と競技の魅力を聞く連載「教えて!アスリートの健康習慣」。
映画の迫力あるシーンで、また、ミュージックビデオとともに。さまざまな障害物を華麗に駆け抜け、器械体操のように精密に飛ぶかと思えば、猫科の動物のように躍動する。パルクールの映像を見た方は、きっとその動きに驚くことでしょう。
今回登場いただく朝倉聖さんは、パルクールの魅力を発信する若手の第一人者。取材の直前に行われた大会では、ほかの選手とは一線を画す美しくしなやかな妙技で優勝。ますます注目を集めています。素晴らしいパフォーマンスを支える健やかな毎日のための健康習慣を探っていきましょう。
■パルクールとは?
フランス発祥で、元々は、歩く、走る、跳ぶ、這う、登る、バランスをとる、投げる、持ち上げる、自衛する、泳ぐといった10種の基礎的運動群からなるトレーニング。街中・公園・森・岩場、専用の屋内会場など、あらゆる環境がスポットになります。現在では世界各地で競技会が行われ、スポーツとして広がる一方、パフォーマンス、アート、映画などとも結びつきカルチャーとしての魅力も広がっています。
プロフィール
- 朝倉聖(あさくら せい)
- パルクールアスリート/アーティスト。13歳でパルクールと出会い、独学で練習に励む。高校卒業後、日本トップのパルクールチームmonsterpk Crewに加入。PARKOUR COMPETITION STUTTGART2019 FREESTYLE CHALLENGE第1位(日本人男子初世界大会優勝)、2019年第1回パルクール日本選手権 男子フリースタイル優勝など。さまざまなアーティストやミュージシャンのライブ、イベントにも出演。
パルクールは迫力と繊細さ、どちらも魅力の競技
大会での朝倉さん。あらゆる障害物が、パルクールにとっては格好のステージ。撮影:jason_halayko
パルクールとひと口にいってもいろいろな競技があり、朝倉さんが優勝したのはフリースタイルなんですね。
障害物を使っていろいろな技を見せるフリースタイル、障害物を素早く乗り越えていくスピードランなどいろいろな種目があります。違いはスケート種目に似ているかもしれません。フリースタイルはフィギュアスケートで、スピードランはスピードスケートでしょうか。それぞれに魅力や選手のタイプが違うのも面白さですね。
確かに技や美しさを採点で競うというのはフィギュアスケートに似ていますね。体型による有利・不利というのはあるのですか?
あるかもしれません。たとえば世界のトップレベルでもあるロシアの方は体格が大きく、大胸筋が発達しているため宙返りなどがすごくきれいに回れたりします。
見ているとかなりダイナミックですよね。一方、朝倉さんは華奢で、流れるように技を重ねていく。繊細で美しいタイプですね。
ありがとうございます。
パルクールとは無理をしないこと。これ以上やったらケガをするということはしません。どうしてもメディアでは派手なところが紹介されるパルクールですが、そもそもいかに自分の身を守るか、その術(すべ)を学ぶ競技でもありますから、僕はそこを一番意識しています。
なるほど、一歩間違えれば頭から落ちてしまうなどスリルばかりを見ていました。朝倉さんのパフォーマンスを見ていると、その美しさのひとつに、受け身のしなやかさも感じます。
無理せずゴロンと転んでそこから次の動きにつなげることも大切だと思っています。それから着地の時の音にも注目してみてください。
そういえば、朝倉さんの着地は音がほとんどしませんね。回転して着地だと大きな音がするかと思います。
はい。それも僕の特徴で、動きの流れを大切にしています。日常でも音を立てないように歩いていて、人をびっくりさせてしまうんです。いつのまにか後ろにいるって。(笑)
繊細さ、美しさが朝倉さんの武器。その裏側には派手さだけに走らない、無理をしないという勇気があります。
食を意識して頭をクリアに保つ
しなやかで美しい動き支える、普段の健康習慣についてお聞かせください。
まず食事では、動物性のものを避けて、ビーガンに近い食事をしています。カラダのためだけではなく、頭をクリアにするために取り入れました。
集中力を高め、気持ちを研ぎ澄ませるのが目的ということでしょうか。
はい。それもありますね。食事の内容が良くないと、頭にモヤがかかったようになってしまうんです。大会では運であったり、見えない力も大切だと思うのですが、食習慣からこうしたものを感じられるようにしていきたいなと思っています。
食習慣で気持ち、そして結果まで変わってしまうんですね。
ただ、パルクールと同様、食事にも無理はいけないと思っていて、外でおなかがすいた時やイベント終わりにみんなで集まったりする時などは我慢しすぎないようにしています。それから、僕、ハンバーガーやスイーツも好きなんです。最近はビーガン向けのスイーツやハンバーガーのクオリティが良くなって、すごく美味しいものが増えているのでうれしいです。
見事な技もカラダだけではなく頭がクリアになっているからできる。食事が気持ちもみがいていきます。
動物性の食品を避けるというと大変そうですが、無理なく、楽しくできるんですね。
はい。納豆や豆乳も好きですし、カレーなどもビーガンでおいしいものができます。あと無理をしない、ということでは、無理に練習をしないということも心がけています。
しっかりパフォーマンスを発揮するために「全力で休む」というアスリートもいらっしゃいました。
わかります。僕は、無理に続けることで練習を嫌いになりたくないんです。練習も仕事ですからちゃんと取り組まなければいけません。そのためにも休むことが大切だと思っています。また、僕は人のことを気にしてしまう癖があって、以前は誘われると疲れていても出かけてしまっていましたけど、それだとカラダが悪い方に行くのを実感したので、今はプライベートでも無理はしません。
歯をみがくなどの習慣が自分への気づきにつながる
それから、毎朝鏡をみがくのも習慣にしています。
僕、小中学生の頃はぜんぜん歯のことを気にしていなくて…。(笑)
最近は、ちゃんと時間をかけてみがいています。
それとあわせて一緒に鏡をみがくようになったのですが、これは自分の心をみがくことでもあるんです。また、歯みがきも鏡みがきも、毎日継続することで気づきにもつながると感じるんです。自分の調子や変化がすぐにわかる。これは習慣の良さだと思います。
歯も鏡も毎日みがくことで自分の変化に気づく。おもしろいですね。最後に、今後の活動についてお聞かせください。
パルクールを競技というだけではなく、文化として伝えたい。大会に勝つことはもちろん目指していますが「得点稼ぎの機械」にはなりたくありません。実はパルクールは、お年寄りでも子どもでも無理なくできるスポーツでもあるんです。注目していただくことはもちろん、幅広い方たちに一緒に楽しんでいただく機会も増やしたいと思っています。
朝倉さんがトレーニングをしている東京・江戸川区の「MISSION PARKOUR PARK TOKYO」。屋内にさまざまな障害物を設置し、まるで公園で行う感覚が味わえる本格的なパルクール場。ここから競技だけではなく文化も伝えていきます。詳細:http://www.missionparkourpark.com/
取材後記朝倉さんがパルクールに魅せられたのは9年前。日本を代表するカリスマ選手がそのきっかけですが、当時から派手な技ではなく、その選手からにじみ出る精神性、文化的な面にあこがれたとのこと。実は朝倉さんは運動部の経験がなく、学校では美術部に所属。また小さい頃から書道に取り組み8段という腕前です。競技で朝倉さんが表現する流れるような美しさ、また、時折見せる力強さは、書道や美術に通じるものがあるのかもしれません。印象的だったのは「無理をしない」ということ。やさしい表情の奥に、強い信念を感じました。
取材・記事 岩瀬大二
撮影 石原敦志
取材協力 MISSION PARKOUR PARK TOKYO