歯医者さんでの治療後、時々顔や口もとが腫れる……そんな経験はありませんか?原因がよく分からないと、「放っておけば治るだろう」とつい考えてしまう人は多いでしょう。でも実は、希少な病気によるものかもしれません!今回は、危険性の高い「顔と口もとの腫れ」について、日本歯科大学・新潟生命歯学部の田中彰教授に伺いました。
監修者プロフィール
原因はわからないけれど、時々顔や口もとがぷくっと腫れてしまう……そんな経験はありませんか?気にはなるけれど、わざわざ病院で診察を受けたことはなく、何科に行けばいいかわからない。
「きっとアレルギーだろう」「何か雑菌が入ったかな」「ストレスかも」などと自己診断して放置してしまう。そんなことはないでしょうか?
「急に口もとや顔が腫れた場合、血管性浮腫(けっかんせいふしゅ)、別名クインケ浮腫という病気の可能性があります」と言うのは、日本歯科大学の新潟生命歯学部で口腔外科学講座の教授をされている田中彰先生。
一体どんな病気なのでしょうか?
「血管性浮腫は免疫疾患のひとつで、血管性の浮腫=『むくみ』のことです。まぶたや頬、唇、舌など顔が腫れるほか、手足、消化器、泌尿器など、さまざまな箇所に症状が出ます。中にはお腹が痛くなる人も。腫れは数時間から数日で消えることが多いのですが、再発することが多いのも特徴です」
血管性浮腫は大きく分けると遺伝性と後天性があり、主に以下の種類があるそうです。
さまざまな種類の血管性浮腫のなかでも、②の「遺伝性血管性浮腫(HAE)」は歯の治療が原因で起こる可能性があると、田中先生は言います。
「歯の治療後、特に上唇を中心に頬や目の周りに浮腫(むくみ)が起きる場合、遺伝性血管性浮腫(以下HAE)の疑いがあります。専門的な話になりますが、HAEが起こるメカニズムとしては、体内でC1インヒビターというたんぱく質が欠損し、ブラジキニンという物質が過剰発生することが影響しています。その結果、血管から水分が漏れ出てしまい、皮下に水分が溜まることで腫れるのです。遺伝性のケースが多く、同様の症状がある血縁関係の家族がいることがほとんどです。まれに、家族内にいなくてもブラジキニンの過剰発生によって発症する場合があります」
歯の治療をするたびに腫れが生じてしまうのでしょうか?
「毎回腫れるわけではありませんが、抜歯した際に生じることが多いです。また、歯肉の切開や、歯を削って詰め物をしただけで発症した方もいました。ほかにも、緊張などによるストレス過多の場合や、月経周期の影響を受ける場合もあります。30分~96時間(4日)の間で腫れてくるので、心当たりのある方は注意が必要です」
発症しやすい年齢はありますか?
「大体は10歳前後に発症しますが、子どものころから『歯医者さんに行くと顔が腫れる』と思いながらも放置して、HAEだと気づかないまま何十年も経過するパターンが非常に多いです。HAEだと確定診断されるまで約15~16年という報告があり、なかには45年も診断されずに我慢していたケースもありました。希少な病気ではありますが、患者数は日本国内に2400~2500人いるという予測があり、診断がついているのはわずか450人程度と言われています」
特に心配なのが、喉が腫れるケースだと田中先生は言います。
「咽頭浮腫、つまり喉が腫れることがあります。HAE患者の半分が1回以上、喉が腫れた経験があると言われていますが、気道が塞がれてしまうこともあり、決して軽くみてはいけない病気です。死亡率が7~40%という報告もありますが、特効薬をすぐに投与すれば治まるので、早めの受診と診断が必要です」
では、田中先生がこれまでに診てきた症例をもとに、どのような腫れが生じるかを解説しましょう。
【上唇が腫れた10代の患者さん】
「下の親知らずを抜いた10代の女の子が、上唇がひどく腫れた状態で来院しました。親知らずを抜いたあとに下あごが腫れることはよくありますが、上唇が腫れるというのはあり得ないケースです。よく聞いてみたら、祖母と父親が原因不明の浮腫に悩まされていたことがわかり、HAEだと判明しました」
【顔の下半分が腫れた50代の患者さん】
「歯科インプラントの埋入手術をした19時間後、唇の腫れが顔全体に広がり、顔の下半分が通常の倍ほどまで腫れあがった方です。すでに50代に突入していましたが、思春期のころから何度も腫れが出ていたものの、3~4日で治るので放置していたそうで、40年近く経ってようやくHAEだと判明しました。近親者に喉の浮腫で亡くなられた方もいたそうです」
●ほかにもある!歯の治療後に腫れる原因
なお、HAEのほかにも、歯の治療後に顔や口もとが腫れる原因として、以下の例があるそうです。
〇薬のアレルギーによる場合(痛み止め、抗菌薬など)
〇手術による炎症・血腫・気腫の場合
〇感染症の場合
田中先生によると「このように原因を特定できる場合があるので、歯の治療後の腫れ=HAEと決めつけず、専門医へ受診することが重要」だそうです。
HAEの発症後は、どのような治療が行われるのでしょうか?
「現在、すでに特効薬があるので安心してください。飲み薬を長期的に飲むことで腫れを予防できるほか、発症時には糖尿病のインスリン注射のように自己注射ができる薬もあります。治療費が心配な方も多いでしょうが、難病指定されている病気なので公費負担があり、自己負担額を抑えられます」
学校や仕事に行くことも難しいほど腫れあがってしまうこともあり、日常生活に悩む患者さんも多いそうです。
「大切な仕事や試験のときに発症してしまうと大変ですよね。薬を適切に摂取することで、それまで諦めていたことができるようになり、QOLが上がるはずです。そのためにも、腫れが出たときは放置せず、歯科治療後なら歯科医(口腔外科医)に相談、症状次第では皮膚科医や内科医などに相談しましょう」
HAEと診断されずに症状に悩まされている方々に対して、正しい診断をして適切な治療に導くことで苦しみを救いたい……そんな思いを共有する医療従事者、学会、患者団体、製薬企業、IT企業などが協働し、それぞれの専門性や創造性を通じて、日本における適切な早期診断および診断率の向上を目指しているのが「一般社団法人 遺伝性血管性浮腫診断コンソシアーム(DISCOVERY)」です。
HAEについて詳しく知りたいと思われたら、「HAE-info」をご覧ください。
取材・文/富永明子(サーズデイ)
イラスト/石井あかね