「妊娠すると歯周病やむし歯になりやすい」といわれています。たしかに妊娠中はおくちの中の環境が変化しやすく、おくちのトラブルが起きやすい時期。妊娠中の今、大切なのはなぜトラブルが起きやすいのか、どのようなケアが適切なのか正しい知識を得ることです。今回は順天堂大学の鈴木紀子先生に「妊娠中のおくちのこと」をテーマにお話をうかがいました。
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――妊娠中はどうしておくちのトラブルが起きやすいのでしょうか?
みなさんご存知のように妊娠にはつわりが伴います。妊娠した方の8割が、吐き気や嘔吐などのつわり症状を経験するといわれていて、大体妊娠14週目まで続きます。この間、ハブラシがおくちの中に入るだけで嘔吐を誘発したり、そもそも気持ち悪くてハブラシをおくちの中に入れることができなかったり。しっかりとしたおくちのケアができないのが、理由のひとつです。
もうひとつは女性ホルモンの増加です。妊娠すると、エストロゲンという女性ホルモンの分泌が増え、それによって歯周病の原因菌が増加しやすいといわれています。
また唾液も関係しています。妊娠によって唾液の分泌量が減ったり、酸性傾向になったりするという報告があります。唾液が減ったり、酸性になったりするとどうしてもおくちの中はむし歯になりやすい環境になってしまいます。ただし、唾液の変化は個人差があるので全員がそのような環境になるというわけではありません。
ひとつの原因で歯周病やむし歯になりやすいというわけではなく、さまざまなカラダの変化が混じりあってそのリスクを高めています。
――妊娠中のおくちのトラブルは、赤ちゃんにどのようなリスクがあるのでしょうか?
歯周病になると、早産や低出生体重児が生まれるということがよくいわれています。たしかにそういう研究結果(※)はあるので、おくちのケアをしっかりしておくに越したことはありません。
しかし、気をつけなければいけないのが、歯周病を防ぐだけでこれらのリスクが回避できるわけではないということです。あくまで早産になった人を調べた結果、歯周病の人が多かったという事実に過ぎません。おくちのケアだけをしていれば予防できるわけではないということも意識しておきましょう。
――つわりがひどくて歯みがきがしにくい時は、どのようなおくちのケアをすればいいのでしょうか?
まずはヘッドの小さいハブラシを使うことです。おくちに入れるものをなるべく小さくすることで、負担が減ります。子ども用のハブラシを代用するのもいいと思います。
あとはみがき方です。喉の奥にものが触れると嘔吐しやすくなります。そうならないようにカラダを前に倒して、頭をさらに前傾させて、おくちの中から斜め下に向かってかき出すようにみがいてみてください。
――おくちにものを入れられない場合はどうしたらいいでしょうか
うがいだけでも、しないよりはした方がいいですね。それと水分をとること。唾液はおくちの中の汚れを洗い流す役割も担っていますが、水分をとることは唾液の分泌にもつながります。
ただしハブラシでブラッシングしない限り、歯周病もむし歯も予防することができません。できる時は頑張ってみがいていただく、さらに調子がいい時はデンタルフロスを使っておくちの中の歯垢をとっておくことも大切です。これだけでも全然違うので、“できる時にやっておく”という意識を持っていただくのがいいと思います。
――タブレットやガムを使う方もいらっしゃいますが、どう取り入れるのが効果的ですか?
もちろん、何もできない時にはいいと思いますが、うがいや水分摂取と同じでこれだけでいいですよ、といえるものではありません。おくちの中がきれいな状態で使うことでより効果を発揮するので、やれる時にできることをやった上で補助的に取り入れることでおくちのケアがよりしっかりできると思います。
――もし妊娠中にむし歯や歯周病になってしまった場合はどのように対処するのいいのでしょうか?
妊娠すると、自治体の補助で無料の歯科検診を受けることができます。症状がないと歯医者さんに行かない方がとても多いのですが、歯周病やむし歯は、症状がなくても進行していることがあります。ですので、何もなくてもまずは歯科検診を受けることが重要です。
――どのタイミングで受けるのがいいのでしょうか?
妊娠初期(妊娠1ヶ月から4ヶ月)はつわりがある時期です。受診すること自体がつらいと思いますので、それがおさまる妊娠中期(妊娠5ヶ月から7ヶ月)を目処に受けていただくのがいいと思います。
それを過ぎて妊娠後期(妊娠8ヶ月から10ヶ月)になると、お腹が大きくなるので、今度は歯医者さんで横になって処置を受ける体勢がつらくなります。妊娠中期にしっかり検診を受けて、何か見つかったらそこでしっかり治しておくことが望ましいですね。
――むし歯などを気にして、母子感染について不安を抱く方がとても多いですが、赤ちゃんとのおくちのスキンシップについて、先生のお考えをお聞かせください。
食べ物の口移しやスキンシップにおいて、母子感染を気にするお母さんは本当に多いですよね。ただ、だからといって赤ちゃんのスキンシップに消極的に…ということではないと思います。菌の行き来をゼロにはできませんし、気にしはじめたらキリがありません。ですので、“いかに安心してスキンシップをとるか”ということに比重をおいていただき、そのためにおくちの中を健康にしておく意識を高めていただければと思います。
そして、それはお母さんだけではなく、お父さんやおじいちゃんやおばあちゃんなど、周りにいる家族全員で意識して欲しいこと。赤ちゃんが生まれた後は、本当に慌ただしくなるので、ぜひ妊娠中から、「正しいおくちケア」を習慣づけていただきたいですね。
※ 参考文献
①Hugoson A : Acta Odontol Scand,30 :49-66, 1972
②Al-Nuaimy KMT, et al : Al-Rafidain Dental Journal,3:108-115, 2003
取材・記事 クラブサンスター編集部