最近、幸せの研究が盛んです。「well-being」や「ポジティブ心理学」という言葉を聞いたことのある方も多いでしょう。日本で「幸福学」を研究する第一人者、前野隆司さんに、「幸せになるために大事なこと」と、「心と体の健康の関係性」を伺いました。
取材先プロフィール
- 前野隆司(まえの たかし)
- 慶応義塾大学大学院 システム・マネジメント研究科 教授。キヤノン株式会社でのエンジニア職、慶應義塾大学理工学部での教員職を経て現職。著書に『幸せな人生を送る子どもの育て方』『幸せのメカニズム』など。
well-beingとは、健康、心、社会の良い状態を表す言葉
最近、well-being(ウェルビーイング)という言葉をよく聞きます。どういう意味なのでしょうか?
well-beingとは、体と心と社会がよい状態であるという意味です。つまり、健康、幸せ、福祉です。
そうです。健康に対しては予防医学がとても進んできています。運動をしたり食事に気を付けたりすることは、浸透してきていますよね。でも、心の幸せを追求することは、まだまだ浸透していないと思います。
確かに、運動や食事ほどには「こうしよう」とはいわれていない気がします。
でもね、健康と幸せは別々には考えられなくて、幸せな人は健康で、健康な人は幸せだという研究データもあるくらいなんです。幸せな人は、そうでない人より7~10年ほど長寿であることもわかっているんですよ。
「やってみよう」という意欲と感謝の気持ちが大事
ではどのようにしたら心が幸せになれるのか?と気になりますよね。幸せな人の心の状態を調べたところ、4つの因子が重要だということが分かったんです。
前野さんの研究により明らかになった「幸福の4つの因子」
ひとつめは「やってみよう因子」。主体性があり、行動にやりがいや強みを感じている状態。「やらされている」の逆です。
確かに、仕事も勉強も「やらされている」と思うと不幸のはじまりな気がしますね。能動的に行動することが大事なんでしょうか?
はい。例えばテレビも、自分で選んで能動的な気持ちで見ていればいいんです。ワクワク、イキイキ、没入している状態ですね。ふたつめは、「ありがとう因子」です。
そうですね。利他性や多様なつながりを持つことも関係しています。「みんなのおかげだ」と感謝をすると、恩返しをしようと思う能動的な利他性が生まれます。それによって、豊かなつながりができてゆく。それはとても大事なことです。
人とのつながりが豊だと幸せになるのはすごく実感します。
その逆は「孤独」です。単にひとりでいることではなく「孤独感」のある状態。孤独は現代病といわれていて、不幸の元凶のひとつです。
楽観的に、ありのままでいればいい
みっつめは「なんとかなる因子」です。
そう。前向きで楽観的、ポジティブであること。特に言葉のポジティブさは大事ですよね。「自分なんかダメだ」という言葉は、ネガティブな側面を見ているということ。ポジティブなところに着目した方が幸せになれます。
「なんとかなる」というと、怖いところでも気にせず立ち向かう「無謀さ」と混同してしまうようにも思うのですが…。
無謀かどうか、やるかやらないかは自分で決めればいいんです。その人の資質によると思いますが、自分で少し無謀だと思えるくらいのことに挑戦するといいんじゃないかな。たとえば起業家などは「失敗して借金してもなんとかなる」という精神の人が向いているんでしょうね。
最後は、「ありのままに因子」です。人と比較しすぎず、自分の個性をみがくこと。
日本人は「心配性民族」であるという研究結果もあります。幸せホルモンであるセロトニンが出にくい人が多いんです。出る杭にならないように行動する国民なんですね。
具体的にどういうことをすればありのままの自分でいられるんでしょうか。
人のことは気にせず、自分がワクワクすることや心がときめくことをするといいですよ。
教えていただいた4つを意識して、心がけを変えて行動すれば幸せに近づくんですね。元気がない時や落ち込んでいる時も同じでしょうか。
元気がない時は、もっと優しい意味に受け取るようにするといいでしょう。「やってみよう」はほんの小さなことでもいいし、「ありがとう」は身近な人に感じるだけでいい。「寝ていてもなんとかなるな~」「少し元気がなくてもそのままでいっか」と、自分に優しくするといいでしょうね。
健康と幸せはつながっている
健康と幸せはつながっているということでしたが、4つの因子に従った行動を心がけると体も健康になるのでしょうか?
過信するのはよくないし万能ではありませんが、幸せになることで健康にも寄与するでしょうね。例えば、口角を上げるだけで脳が幸せを検知して、免疫力が上がるという研究結果があります。
ええ!?それだったら、子どもをいつも笑わせて風邪をひかないようにしておきたい!
ほかにも、手を挙げて胸を開くポーズを3分やると、やる気が出るという研究もあります。
前野先生ご自身は、健康に関して気を付けていることはありますか?
僕は幸せオタクで研究ばっかりしていたから、ここ1年ほど、少し運動をするようにしています。
簡単なことを継続することが大事だと思って、朝に筋トレをしています。最初は腹筋と腕立て伏せを10回ずつからはじめました。今では数十回できるようになりました。
お腹周りのぜい肉が少し減ったし、姿勢がよくなりましたね。「シュッとしましたね」「声がいいですね」といわれることも増えたから、以前より幸せになったと思うなあ(笑)
最後に、これから実現していきたいことがあれば教えてください!
幸せの条件がここまでわかっているのに、孤独な人ややりたいことが見つからない人が世の中にはまだまだいます。そういう人たちを救う解決策を見つけたい。今、その仕掛けや場作りのために、オンラインサロンなども試しています。
確かに、やりたいことが見つからない人は周囲にたくさんいる気がします。
なかなかそういった輪には入りにくいと感じている人にも、行動してもらえるようにしていきたいと思っています。