「0歳からのアプローチ」「生涯にわたって」のコンセプトのもと、子どもたちの健康な成長・発達に対し取り組む「赤ちゃん歯科ネットワーク」。その理事を務めるのが、ひかり歯科医院院長の益子正範(ましこまさのり)先生です。前回は赤ちゃんの「おくちの健康の大切さ」についてお話していただきましたが、今回はおくちの健康の中でもおくちの「菌」についておうかがいしました。
プロフィール
――赤ちゃんのおくちの健康となると、やはりむし歯を気にされる方が多いのではないでしょうか。
そうですね。近年では垂直感染(※1)を恐れる保護者の方がかなり多いと感じます。昔は赤ちゃんに食べ物を与える時に、「安心」「安全」「おいしそう」が示されるようにまず親がおくちに入れて噛み砕いてから与えていましたが(食べ与え)、今ではその風景を見ることはほとんどありません。少なくとも私の世代では食べ与えがあったと思います。
なぜ、噛み砕いて与える風景が見られなくなっていったのか。それは、ほとんどの方が親の唾液でいわゆるむし歯がうつる、そしてそれが悪いことと思っているからです。もちろん、お父さんやお母さんの唾液には、むし歯菌などの「悪い菌」が含まれているのは事実です。でも、それと同じくらい悪いものを排除してくれる「良い菌」も含まれていることを知ってほしいと思っています。親の唾液を介する与え方を行なった場合とそうでない場合では、アレルギーの発症率に差があるという研究結果もあります。(※2)
――感染症の影響で「ウイルス」だけでなく「菌」に対する意識も高まっていますよね。
はい。余計に垂直感染を恐れて、キスなどのおくちのスキンシップ自体が減っているようですが、まるっきりダメと脅迫概念にかられている方も多く、それはそれで問題だと考えています。
むし歯を作り出すといわれるミュータンス菌に代表される菌群は、すべての人のおくちにいるというわけではありませんが、事実として多くの人のおくちに存在する菌です。存在することは自然の摂理なので、どうしようもできないわけです。見えないものに対して対策を立てるより、共生していく考え方のほうがこれからは大事なのではないかと考えています。
――「菌」に対して必要以上に嫌悪することが、健康への良い作用の低減につながっている可能性があることも知っておかないといけないということですね。
はい。もちろん、そういう見えないものになるべく触れさせたくないという気持ちもわかるので、強く「食べ与え」を推奨しているわけではありません。ただし、どちらにしても大前提として大事になってくるのは、保護者の方のおくちの中をキレイにしておくことです。
食べ与えやおくちのスキンシップをするにしても、お父さんやお母さんのおくちがキレイであれば抵抗感なく触れることができますし、垂直感染でなくとも、赤ちゃんが菌をもらうことはあるので、周囲の大人のおくちのケアはとても重要だと考えています。
――ありがとうございます。「赤ちゃんの歯みがき」についてはいかがでしょうか。
赤ちゃんがハブラシに抵抗感がなくなる時期までは、おくちの汚れを完全に取り除くことを目的にしなくてもいいと考えています。もちろん、おくちの中をキレイにするに越したことはありません。しかし、実は保護者の方がおくちの中にハブラシを入れる状態は、赤ちゃんからするとものすごく怖いことなんですよ。
ですので、ハブラシでゴシゴシやることよりも、口腔用のシートなどで汚れをぬぐって、おくちをマッサージしてあげることを目的にしたほうがいいと考えています。そうやっておくちに何かものが入ることに対して不快に感じないようにしてあげることが、赤ちゃんにとって大切ですし、それがスキンシップにもつながります。
――汚れを意識しなくて、衛生的に大丈夫なんでしょうか。
赤ちゃんはたくさん唾液が出ますよね。よだれが出るということは、おくちの中でとても良い水分の循環があるということです。例えそこに汚れがあっても流れ出ていく仕組みになっています。ただ舌の表面は拭ってあげないと取れないので、嫌がらない範囲で掃除してあげるのがいいと思います。
――このご時世、赤ちゃんとのスキンシップは何に気をつければいいですか?
立場によって回答はさまざまだと思いますが、「赤ちゃん歯科」の立場からすると、スキンシップはとても大切です。赤ちゃんに安心感を与え、情緒的な安定をもたらします。
また、この時期の赤ちゃんの脳の発達は、赤ちゃん自身が自分の身体に触れたものから得た刺激(スキンシップ)に最も影響を受けます。
脳の発達のためにも、抱っこやおくちの周りに触れるとなどのスキンシップはとても重要です。家族など、身近な人に限定されるとは思いますが、どんどん触れてあげることが大切です。
ただし繰り返しになりますが、やはり周囲の人が適切なケアをして健康なおくちでいることが赤ちゃんとのスキンシップでは重要です。
※1 「菌」が親から直接その子孫に伝播される感染様式
※2 すでにアレルギーをお持ちのお子さん、アレルギーが心配なお子さんにつきましては、 医師の指導の下管理ください。
取材・記事 坂本彩乃
撮影 関大介