私達は生まれてから死ぬまで食べて、しゃべって、笑います。人生100年時代に、自分らしく輝き豊かな人生を送るためにも、お口のケアを大切にしてほしい。
そんな考えのもと、「100年mouth 100年health」をテーマに、100年人生を楽しむためお口とカラダの健康習慣を実践している方へインタビュー。みなさんと一緒に「100年人生の楽しみ方」を考えていきたいと思います。
第3回は、原宿の米屋の三代目が思う、100年先まで続く米と人との幸せな関係。
今回登場いただくのは小池理雄(こいけ ただお)さん。東京・原宿「小池精米店」の三代目。米文化の担い手として、イベントや講演会、テレビやラジオ、新聞等のメディアに出演。全国の生産者とのネットワークを通じて、お米、米食の現状と未来に向けての取り組みも行っています。
出版社などで働いた後に、2006年から小池精米店を継いだ小池さん。その時の経験も情報発信などで活かされています。
「実はお米をおいしく食べることだけでも、オーラルフレイル対策に自然につながるんです」と小池さん。
「オーラルフレイル」とは、オーラル(=口腔)とフレイル(=虚弱)をあわせた言葉。固いものが食べづらくなったり、滑舌が悪くなったりというお口の衰えが、栄養の偏りや気持ちの落ち込みなど全身の健康にも悪影響を与える、という考え方です。
「お米はでんぷんが糖化されることでうまみがでます。食べる際に咀嚼することで唾液の酵素が関係してうまみが得られる。お米は噛まないと甘くはならないんですよ。そもそも味わいは淡白ですが、咀嚼すれば咀嚼するほどしっかりうまみを感じられるんです」
なるほど、お米自体がおいしいと感じられるのはしっかり咀嚼できている、ということともいえます。ちなみに、最近では「よく噛んでこそおいしいお米」が流行っているのだとか。
「弾力があってちゃんとお米の粒を感じるものが増えてきました。昔は固い米はパサパサというイメージがありましたけれど、固めでねっとりしているお米が注目されているんです。若い方で“オン・ザ・ライス”って流行ってるじゃないですか。原宿にもそういう店が何軒かあって週末は行列ができています。糖質制限ってどこ行ったんだっていう(笑)。そういう食べ方だと肉汁が米粒に絡まないといけないので、あんまりやわらかいとダメなんですよ」
オン・ザ・ライスとは、ハンバーグや目玉焼きなどの料理を、はじめからごはんの上にのせておくという食べ方です。ただ、一時の流行ではなく、そもそも日本ならではの食べ方の延長線上にあるようです。
「オン・ザ・ライスはいってみれば口内調味。つまり、ごはんとおかずをあわせて食べるという、日本人特有のお米をおいしく食べる技ですからね」
噛むことで味わう、噛み応えで味が変わる。お米だけでもこのような楽しみ方ができる日本の食文化。そしてその「よく噛む」ということがオーラルフレイルの対策にもつながっているんですね。
1930年創業。原宿、しかもファッションエリアとして知られる“ウラハラ”の米屋。原宿のトレンドのレストランからも、うちの料理にあったお米というようなリクエストも。
お米とおかずの楽しみは100歳になってもずーっと味わいたいたいもの。では小池さんが100歳になっても食べたい、100年先まで持っていきたいお米とおかずの最強のタッグチームとは?
「いやあ、いろいろあるから難しいところですけど…納豆ごはんでしょうか」
作り方、食べ方を詳しく聞いてみましょう。
「まず納豆にタレは使いません。たくさん混ぜます。そこにカラシ、味付けは煮干し粉。最後にいりゴマ、ネギをのせます。煮干し粉は、カラダのために少しでも塩分を減らすためでもありますし、お米を味わうために薄味にしておきたいので」
オン・ザ・ライスにはオン・ザ・ライスにあったお米がいいということでしたが、お刺身にあう、リゾットにしてあうなど、お米の品種と料理のマッチングはさまざまなようです。最近では多彩なお米のブランドが生まれていて、その個性と料理の相性を探って提案していくのも小池さんの仕事。ではこの“100年レシピ「納豆ごはん」”にも適したお米は?
「納豆は癖のあるものですから、まず本来であれば味のしっかりした新米。噛み応えもあった方がいいですからね。ブランドでいうとマニアックになりますけど、佐賀県の『さがびより』。あわせた時の食感がいいんです。それから山形県の『つや姫』も、あまり粘らないのでいいですね。粘りすぎると食感で納豆に勝ってしまうので。粘りは納豆に任せて(笑)」
いくつになっても新米の時期を楽しみにして、新米の恵みを味わう。これも楽しみになりそうです。
「五ツ星お米マイスター」「東京米スター匠」などの肩書を持つ小池さん。要求の高い飲食店から一般のご家庭まで、好みのお米を探すために日夜研究、実践。水、炊き方、好み、料理などさまざまな観点から適したお米を提案されています。
1971年生まれの小池さん、50歳を目の前にした時期、人生100年時代を生きる上で、健康面も見直したとのこと。
「学生時代から食生活はめちゃくちゃで。(笑)相当がつがつ食べてたんですね。会社員時代は毎晩、晩酌をして、気づけば朝までになり、そのまま出社なんてことも。それでもそんなに健康面の不安はなかったんですが、血圧がやや高めだと医者からいわれたのがきっかけです」
見直したタイミングでは、身長164cm体重は75,6kg。
「それが1年ぐらいで無理なく10kgぐらい体重が減って。よく糖質制限ですか?って聞かれるんですけど、うちは米屋ですから、できるわけがないですよ。むしろ糖質無制限(笑)」
ちゃんとお米を食べつつ食全般を見直しながらの無理のない減量。すると思わぬ効果も表れました。
「舌は以前にも増して鋭敏になりました。減塩でおかずが自然に薄味になっていたこともあり、ちゃんとうまみを感じられる。これはお米の味を判断するのに好都合でした」
カラダのためにやっていたことが自身のためになる。もともとお米のコンテストでも小池さんが推したものが受賞することも多く、また料理とのペアリングも評価されていましたが、これからよりよい仕事につながりそうです。味を判断するといえば、やはり大切なのはお口の環境。こちらはすこぶる健康なのだとか。
「食べることが仕事ですから、もちろん一通りのケアをして気を遣っています。もともと歯が丈夫なこともあって、今のところむし歯もありません。父親も死ぬまで差し歯が1本。米屋の家系で、米が原因で歯が健康ならいいんですけど、まあ、そういうデータもないから、そうだといいなという感じで(笑)」
血圧が高めだったことがきっかけとはいえ、それほど健康面で問題がなかったのに見直したのは、「子供がいるから」と語ります。
「高2と中2の男の子がいます。少なくとも大学を出すまでは…。血圧って自分の死期がわからないじゃないですか。“ぷっちん”して死んじゃうのは悔いが残るなって。それはやめようという気持ちからですね」
ふたりのお子さんのために健康を意識したことで、お米の目利きとしての意識も高まりました。
では人生100年時代、米屋としてできること、やりたいことは?ライフスタイル、食生活の変化により消費量が減り、それが後継者不足につながるなど心配される点も多いのですが、小池さんの表情は決して暗くありませんでした。
「ここ数年、お米に注目、注力している若い料理人が増えているように感じます。姿勢が変わってきた。うちの料理にあったお米を一緒に作ってくれ、焼肉にあうブレンド米を創りましょう、といったオーダーも増えてきました。
お寿司屋さんはお米にもともとこだわっているように思われますが、のれん分けした時に、以前の大将が使っている米をそのまま使うことも多かったんです。それが最近の若い寿司職人さんでも、自分の寿司を作りたいということでシャリから見直そうという人たちが出てきました。私もたくさんの寿司屋さんと取引がありますが、本当に店ごとに違います」
そのきっかけとして小池さんが挙げるのは、意外な出来事でした。
「新型コロナの環境下で、飲食店は本当に大変だったのですが、その時に時間ができたことでメニューを見直してみて、何を変えようかという時に、今までお米は手付かずで、ここに注力してみようと思われた店が出てきたんです」
お米文化のこの先へ。「生産者や料理人との交流を通じて共に考えていきたい」と熱く語る小池さん。
苦境の中で、それでも明日に向かってやれることに取り組む。小池さんはお米を扱うものとして、またこの状況でも前を向く姿を見て「勇気づけられる光景でした」といいます。今はオーダーに応えるために精米機はフル稼働。連日朝3時から店に出て対応するほどです。
「東京のレストラン、若い料理人からこういうリクエストがある。とてもいい傾向です。地方に講演に行ったり生産者と話していると、この動きはとても説得力があります。生産者と僕は共同体のようなもの。若い生産者と話していると、私もなんとかしなきゃいかんなって思います」
それは米作りにかかわる人たちが、誇りを持って、この仕事を続けていこうという勇気にもなることでしょう。
「昔はこんなにお米の品種はありませんでした。これからは品種によって味も多彩で、使い方も変えられる楽しみがあります。私のようなそれを伝えられる米屋が、次世代にお米の良さをつなげていければと思います。そして、100歳になったら、お米を通じて、さらに世のため人のために貢献できればと思います。お米は商売であり自己実現の手段ですから」
「まだ30㎏はかつげますよ」(小池さん)。さすがに100歳では無理かもしれませんが、できるだけ長く、米袋をかつげるポーズができますように。
取材・記事 岩瀬大二
撮影 石原敦志
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